| :49 前回の続き...... 僕は『H』ちゃんへの淡い恋心(?)を胸に、意気揚々と大阪へ凱旋しました。 大阪に帰り、僕は武勇伝のごとく『H』ちゃんとの再会エピソードを友人たちに吹いて回りました。 その時期、僕の周囲では色恋の浮いた話がなく、友人たちはその手の話題に飢えていました。 その様は、屍骸に群がるハイエナというよりも獲物をハントする猛獣のようで、僕は根掘り葉掘り色んなことを穿り返されました。 しかし、何も苦痛ではありませんでした。 多分、そういうエピソードを得たということで、少し天狗になっていたんでしょう。 だから、その時期の僕が少し鼻についた人もいたと思います。 まあ、そんなこともありつつ、僕は偶然に再会を果たした『H』ちゃんと連絡を取るようになったのです。 最初は、交わらなかった互いの数十年間の歴史を紐解くようなメールをしました。 その時、『H』ちゃんは僕と同じで他県に住んでいました。 結婚式で会ったのも状況的には僕と一緒で、そのためだけに福井に帰っ てきたんだということを知りました。 そして、『H』ちゃんは勤めていた会社を辞め、来月には福井に帰ることになるだろうと傷心していました。 元々大阪に住んでる人には分からないかもしれませんが、田舎から都会に移り住んだ人間にとって実家にUターンするということは、プライドや世間体を差し引いても抵抗があるものです。 買い物の利便性、遊び場、一人暮らし......それも、田舎にはないものです。 それに、その土地で出会った仲間たちとも別れなければなりません。 僕はこの大阪で生活してからの数年で、嫌と言うほどの別れを体験しました。 そんな忘れがたい痛みを共有することで、一人の女の子くらいは慰めて上げることが出来ることを知りました。 そういうこともあってか、『H』ちゃんは『脚本家』になるという僕の夢を応援してくれました。 「何かを目指してるってことは幸せなことで、みんなが羨ましがること。だから、絶対に夢を叶えて欲しい」 そう言ってくれました。 24歳にもなるのに、僕はまだ学生のようなものです。 アルバイトで生活し、安定した収入も、車も、貯金もありません。 そんな風に自分を卑下したりすると、「お金や世間体なんて、やっちゃんが目指してるものに比べたら凄く小さいことなんだよ。だから、諦めないで頑張って」と言ってくれました。 今まで、色んな人に言われてきた言葉(社交辞令も含め)ですが、誰に言われるよりも勇気が出ました。 そして、繰り返される他愛ないメールのやり取り。 「今日は一日何してた?」 「お昼は何を食べた?」 そんな他愛のないメールですが、携帯の着信音が鳴るたびに心拍数が上がる。 電話から聞こえてくる声が、愛らしく優しい。 『H』ちゃんと繋がることで、今まで自分が抱えてきたストレスや不の感情が水泡と消え、心が穏やかになっていくのを感じました。 メールで絵文字なんか使ったことない僕が、悪戦苦闘しながら初めて絵文字入りのメールをしました。 そして、大阪中を歩き回りました。 グリコの看板・食い倒れ人形・通天閣・大阪城......色んなものを写メして送りました。 『H』ちゃんが喜んでくれるのが嬉しい。 ただ、それだけで...... 始めは、自分自身も『H』ちゃんに対する気持ちは半信半疑だったと思います。 皆さんは、心理学用語でいう『吊り橋効果』なる言葉を知っていますでしょうか? これは、ある実験を元に算出されたデータで、人間の心のメカニズムを説いた定説なのです。 その実験内容とは、一人の若い男性が道行く若い女性に声を掛け、連絡先を渡し、何人の女性が男性に連絡を返してくるかというもの。 ただし、声を掛ける場所は普通の路上と、もう一方は断崖絶壁に架かる吊り橋の上の二種類。 そうすると、圧倒的に吊り橋の上で男性に声を掛けられた女性のほうが、後日連絡を返してくるというのです。 これはつまり、吊り橋の上で生命の危機を感じるドキドキを、異性にときめきを感じるドキドキと勘違いしてしまうからなのだそうです。 今回の僕の場合も同じで、数十年振りに再会した幼馴染というファクターとシュチエーションに舞い上がっているだけではないのかと...... 確かに、ビジュアルや背格好は僕のストライクゾーンど真ん中でしたが、そんなに簡単に人を好きになるものなのか? 僕は人を好きになった経験があまりなく、恋愛経験は少ないほうだと思います。 それでも、女の子とデートしたことや交際したことは当然あります。 告白したり、されたり...... でも、『とりあえず』とか『性交目的』とか、そんな動機で女の子と付き合ったことは一度もない。 ならば、『H』ちゃんに対するこの気持ちは...... 連絡を取ってる内に、僕は『H』ちゃんに惹かれ......そして、好きになっていたのです。心から。 そう自覚してしまうと人間とは欲深いもので、もっと先のことを考えてしまいます。 メールが帰ってくるまでの10分~20分の時間が、まるで永遠のように長く感じられる。 電話よりも、直接会って話をしたいと思う。 『H』ちゃんの口から今まで恋愛経験などを聞くと、少し暗い気持ちになる。 僕が寝ている時、バイトをしてる時、作業をしている時......もしかして、男と一緒にいるのではないか。 『H』ちゃんは男女問わず可愛がられる傾向があり、彼氏がいないという事実を知っている男なら放っておかないでしょう。 実際、結婚式の二次会でも積極的に話しかけに行く男が僕以外にも沢山いました。 そんな不安と疑念が僕を包み、まるで蛆のように湧いては消える猜疑心が心を支配していました。 そもそも、考えてみれば僕は大阪で、『H』ちゃんは福井。 生活サイクルも違いますし、進むべき道も違います。 だけど、自分の気持ちに嘘は付けない......僕は決意しました! 『H』ちゃんが言った「大阪に遊びに行く」というのを、このまま口約束で終わらしては駄目だ、と。 それからは、僕が『H』ちゃんに気があるということを臭わせつつ、連絡をマメにするようになりました。 ことあるごとに、「いつ大阪に遊びに来るの?」ということをメールすることが多くなりました。 しかし、始めは「予定が空いたら、すぐに行くよ」と言っていた『H』ちゃんも、次第に「ちょっと色々と予定もあるし、仕事も福井で探さなきゃ......」とその話題を避けるようになり、とうとうその話題に関してはメールを返してこないようになりました。 失敗した! 僕はまた間違ってしまった! 普通に考えれば、福井から列車代を払ってわざわざ大阪まで来るのは『H』ちゃんな訳で、僕はただ待ってるだけ。 自分の気持ち優先で、『H』ちゃんのことを全然考えてませんでした。 僕は自分自身を戒め、反省し、『H』ちゃんとは「大阪に遊びに来る」というワードなしで連絡を再開しました。 これでいいんだ。 今は......これでいいんだ...... 何だかんだと時間が経ち、季節はすっかり冬。 雪こそ降りませんが、12月の大阪にもは寒気の波は押し寄せ、街にはコートを着込んで身を寄せ合うカップルたちが溢れていました。 それに加え、聖夜を彩るために飾られたクリスマスツリーとイルミネーション。 冬の夜空に映える暖色の光が、僕の『H』ちゃんへの思いを急き立てます。 あの煌々と輝くツリーを、『H』ちゃんと見れたら...... 意を決し、僕は断られるのを覚悟で『H』ちゃんをクリスマスデートに誘いました。 正直、これで何の反応も示さないなら、もう諦めようと思っていました。 だから、「一緒に過ごす人が別にいるなら、この話は忘れて」と最後に結んだメールをしたのです。 ......返信を待つ時間が怖い。 携帯を持つ手が汗ばみ、震える......と、『H』ちゃんからの返信。 「全然空いてるよ。大阪は初めてだから、色んな所に連れてってね」 意外にも、『H』ちゃんの応えは「YES」だったのです。 しかも! 「次の日も休みだから、やっちゃんの部屋に泊めてもらっていい?」 二度目の奇跡! 一度は神に見放されたと思った僕ですが、やっぱり見ていてくれたんだと歓喜に狂いました。 その日から、僕の行動のベクトルは『H』ちゃんとのデートに全て向けられました。 髪を切り、新しい服を買いに行き、部屋の整頓を始めました。 街に出回ってプレゼントを探し、ネットや雑誌でクリスマスのデートスポットを調べ、デートコースの下見までしました。 毎日がキラキラと輝き、一日が24時間あるとは思えないほどの早さで過ぎていきました。 一週間......二週間......三週間が経ち、あっという間にデートの日を迎えました。 シャワーを浴び、勝負服に袖を通し、香水を降り、久々に見る『H』ちゃんの姿に思いを馳せながら部屋の扉を開けました。 そして、まるで玩具を買い与えてもらう子供のように......僕は...... さてさて、『純情編』はここでお終いです。 続きは『聖夜編』にて。 よろしければ、またコメントなどお待ちしています。 |